堀 由樹子 / 庭、前線

2017年5月16日(火)~5月28日(日)

 

絵のなかの散歩へのおさそい

大谷省吾(東京国立近代美術館 美術課長)

 


 木々の緑が心地よい季節になってまいりました。天気のよい日にはちょっと散歩をしてみたくなりますね。そんなあなたに朗報です。この5月、ギャラリーカメリアが森になります。森といっても、実際に木々が茂っているのではなくて、堀由樹子さんが個展を開くというのです。堀さんの描く絵のなかの森を、眼で散歩してみませんか。

 眼で散歩といっても、どうやったらそんなことができるか、いぶかしく思われるかもしれません。理屈はあとまわしにして、とにかく作品を見てみましょう。そこにはたしかに森が描かれているようです。まずは、かたちに注目してみてください。山の稜線や、葉の輪郭などです。いいですか。そうしたら次に、いったん認識をリセットして、今度は色に注意を向けてみましょう。そうすると目立って見えてくるのは、さきほど見たかたちとは少しずれていることに気づかされます。輪郭線は、どちらかというと寒色、つまり後退色で描かれていることが多く、それとは補色関係になるような鮮やかな色彩が、隣り合うように置かれているからです。あるいは、せめぎあう色彩と色彩との境界が、結果的に輪郭線のように見えているといったほうがよいかもしれません。
 いま、かたちと色、それぞれ別々に注意を向けながら絵を見てみました。けれども実際には、私たちはこの認識を、絵を見ながらほとんど同時に行うことになります。だから私たちが堀さんの絵を見ているとき、頭のなかではかたちと色とが、たえまなく主導権争いをすることになるでしょう。その結果、堀さんの絵は、なんだかざわめいているように見えるのです。そのざわめきは、決して不快なものではありません。むしろ、心地よいくらいです。なぜならそのざわめきは、私たちの視線をかたちから色へ、そして色からかたちへとずらし、いつまでも画面のあちこちに連れまわしてくれるからです。絵のなかを眼で散歩するというのは、つまりそういうことです。
 そして、一枚の絵のなかでさえ時間をかけて眼の散歩を楽しめるのだから、ギャラリーカメリアという空間のなかで、いくつもの絵に囲まれる体験は、さらに豊かなものになるはずです。これは、実際にギャラリーに足をお運びいただかなければ堪能できません。それでは、よい散歩のひとときを。