「たまゆら」の輝き
早見堯
「たまゆら」という古くからのことばがある。
初めて知ったのは、新古今集の「たまゆらの露」で始まる藤原定家の歌だった。それ以来、糸数都の作品を想いうかべるたびに、そこに、「たまゆら」のことばが重なるようになった。「たまゆら」は「玉響」と漢字をあてられているが、漢語ではなくて和語だ。勾玉のような美しい玉(ぎょく)が触れあって音がかすかに響くようなほんのしばらくの間を意味している。触れあう、響きあう、束の間と三つのどれに重きをおいて表現や解釈をするかによっても違ってくると思う。
定家が詠んだ歌は、たまゆらの露も涙もとどまらず亡き人恋ふる宿の秋風。
亡くなった母の家を訪ねた定家は母を恋しく思ってしばしの間さえ涙がとまらない。涙が露の連想を誘いだして響きあっている。定家の恋情という玉が秋風に運ばれて母の魂という玉と触れあう。しばし、精妙に響きあうのだ。
糸数都の最近の作品では、画面に絵の具や鉛筆が触れることでかすかな響きが生まれる。その瞬間がとらえられ痕跡として残される。たまゆらの露に似ていないだろうか。その露は作者の心のゆらぎが結晶化した色や形という涙でもある。
実際、糸数都は「自分の内側の音に耳を澄ませ、言葉にならない『気配』を掬いと」って普遍的な表現に昇華させたいと述べている。「自分の内側の音」という見えないものが見えるようになって現れる瞬間が重要なのだと語る。
「自分の内側の音」とは個人的な気分ということだろう。その個人的な気分は、絵の具や鉛筆を通して他者である画面と触れあう。そのとき、定家の涙と露のように響きあうのである。
こうした「気配」を掬いとり作品に昇華させる制作の姿勢は、1970年代前半に発表を始めた頃から変わっていないように思われる。
1970年代半ばの作品がある。支持体の形や表面の肌理・質感などが響きあっている。色や形が描かれると、見えなくなってしまう作品の支持体としての材料にゆさぶりをかけているのだ。
作者が積極的に表現をつくっているというよりも、絵画の物としての「気配」がゆさぶられて、物の気分といってもいいようなエッセンスが自然に滲みだしてくるといったおもむきだ。なにごとかを作者が「為す」というのではなくて、無為のままで物の「成る」に立ち会っているといえそうだ。作品に「成る」前には見えなかった物の「気配」や「予兆」、そして「余韻」が、作者の気分に呼応して響いている。糸数都は、こうした絵画や彫刻などの成立の根拠、すなわち、アイデンティティを問うことによって作品の表現性を掘りおこしていたのではないだろうか。
その後2000年代になると、1970年代に発見された作品の構造を内面化、つまり身体化して、そこからあらたな表現性が探られるようになった。
絵画では、丁寧にしつらえられた白亜の下地は染みこんでいく透明感と清涼感がある。こうしたアトモスフェリックな空間に絵の具の痕跡が残されている。痕跡は空間に沿いながら同時に空間から反っている。心の中のかすかな襞を丁寧になぞっているかのようだ。描くことを通して、支持体や絵の具と自分の気分の両方をゆさぶり、響きあわせている。
ドローイングでは、紙の表面に触れる痕跡が響きあいを生みだす。かすかな光をたたえた空間が震えながらあらわれてくる。
画面の表面の肌理と質感、絵の具や鉛筆の痕跡、そして描く行為。糸数都の2000年以後の作品では、これらの三つの絵画の王道が、山脈の地下水のように長い年月をかけて内面化され、触れあう、響きあう、束の間という三つの「たまゆら」に導かれながら生みだされてきたのではないだろうか。
(早見堯・はやみたかし/美術評論家)
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糸数都
水の音を聴く
2026年2月4日~2月14日
糸数都
東京生まれ
1974 東京造形大学卒業
個展
1973 スルガ台画廊(東京)
1976,1978, 2001,2003,2006 かねこあーとギャラリー (東京)
1977 白樺画廊
1980 銀座絵画館 (東京)
2005, 2007,2008,2009 ギャラリー砂翁 (東京)
2009,2010,2013,2018 秋山画廊 (東京)
2011 「色層3」「色層4」秋山画廊、ギャラリー檜同時開催(東京)
2020 「柔らかな光に満たされる風景」GALERIE SOL(東京)
2022 「空の状態・静かな内側」GALERIESOL(東京)
2023 「水の庭」横浜アトリエKアートスペース(神奈川)
2023,2024 「糸数都絵画展」器と工芸なかつか(長野)
グループ展
1975 「レスポアール新人選抜展」スルガ台画廊(東京)
1977,1978 「tomorrow」第1.2回 スルガ台画廊(東京)
1978 「スクラムの外」、「Bゼミ展」、「今日の作家展」 横浜市民ギャラリー(神奈川)
2011,2015,2016,2017,2018,2019 「八壁展」ギャラリー檜(東京)
2013 「多和英子・糸数都二人展」秋山画廊(東京)
2017 小田原ビエンナーレ
2019 GALERIE SOL 三人展
2020,2021,2024 「八色の森の美術展」池田美術館(新潟)
2021 「ChatterboxII-交錯する4人の場面・緩やかな瞬間」ギャラリー檜(東京)
2022,2023,2024 「本とアートの対話」ギャラリー檜
「&drawing/M ultigeneration Square2022」藍画廊・GALERIESOL合同企画(東京)
「Women2022Shinjuku志賀夫企画」ギャラリー絵夢(東京)
2023 ギャラリー志門「七志会」
2024 「谷川渥企画・表層の冒険・抽象のイコノクリティック」ギャラリー鴻(東京)
2025 「春の絵画展」GALERIE SOL(東京)
「濃山景クラシック」(長野)
「三人展」アトリエKアートスペース(神奈川)
